パリの窓から(47) 2017年12月31日レイバーネット日本掲載



国民議会と服装







*国民議会でサッカー・ユニフォーム姿になったフランソワ・リュファン


 

 マクロン大統領就任以来、フランスでは政府主導で複数の「改革」が急ピッチで進められている。6月に選出された圧倒的に与党優位の議会は、政府や大統領の側近・官僚が作成・提出する法案を、次々と機械的に可決していく。「服従しないフランス(FI)」の議員フランソワ・リュファン(42歳)は、「議会は大統領の願望の登記所になった。与党の修正案まで行政が作っている」と、モンテスキューが説いた権力分立が21世紀の共和国で機能していない現実を批判した。

 ごく少数の左派野党FIや共産党は修正案や質問など、国会規定が許すかぎり敢闘しているが(コラム44 「フランスの新しい政権と国会」参照)、与党の「共和国前進REM」や中道モデム党の議席エリアは空席がやたら目立ち、発言する野党議員はまさに「荒野で叫ぶ」ような様相を帯びる。こうなると、立法機関としての国民議会が「見せかけ」ではないかと感じられてくるが、それを象徴するような事件が12月初めに起きた。


  プロ・サッカー人気選手のクラブ移籍に払われる巨額の費用に5%課税して、それをアマチュア・スポーツクラブへの援助金にあてようという法案が、35人の議員(中道・FIなど超党)によって提出された。12月7日、FIフランソワ・リュファンはこの法案を支持するスピーチの途中でセーターを脱ぎ、地元のサッカークラブのユニフォーム姿になった。彼は、地元アミアン近郊のアマチュアクラブを世話する人々がボランティアで、子どもたちのために心をこめてユニフォームを洗濯し、アイロンをかけてたたんでいる現実を語った。それら無数の無名の人々の無償で献身的な行為こそが、スポーツを支えて子どもたちの成長を助けているのに、スポーツ大臣や「共和国前進」議員の口からは「(商業的)吸引力、市場、投資家、競争」などの言葉ばかりが繰り返され、「ボランティア、歓び、願望」といった概念は欠如しているーースポーツをビジネスとしか考えていないのだ、とリュファンは指摘した。

 去る8月、ブラジルの人気選手ネイマールがFCバルセロナからパリ・サンジェルマンFCに移籍された際、史上最高の2億2200万ユーロ(約300億円)が払われたことについて、この天文学的数字の価格は一般の人々の生活からあまりにかけ離れていておかしい、とFIの議員たちはコメントした(362世紀分の最低賃金にあたるそうだ)。一方、各地の弱小アマチュア・スポーツクラブは、自治体の援助金を含めても僅かな予算でやりくりをしている。スポーツを支えるアマチュア・クラブに国は富を分配すべきだ、という主張である。


 さて、国会での服装については、「きちんとした」という形容詞のほか細かい規定はない。FIの議員たちは新議会が発足した日から、服装規定はナンセンスだからネクタイなしでもかまわないと宣言して、背広・ネクタイの慣習を葬った(女性のパンツやカジュアルな服装については、40年以上前からいくつかエピソードがある)。ところが、議長はリュファンのサッカー・ユニフォーム姿について、スピーチ後に「品位に欠ける」と咎めた。リュファンは午後の議会に再びユニフォーム姿で赴き、その服装が品位に欠けるものではないと反駁したが、保守議員からはヤジがとび、国民議会議長フランソワ・ド・リュジはリュファンに対する「罰」として、1378ユーロ(約18万6000円、議員の報酬の4分の1)の減給を要求した。


 弱小アマチュア・スポーツクラブに金持ちプロ・クラブのお金をほんの少し分配しようという法案は、圧倒的多数の与党議員によって否決され、リュファンは国民議会事務局の決定により罰(減給)を受けた。しかし、リュファンの国会でのスピーチのビデオは数日のうちに数百万回視聴され、たちまち支援のメッセージがフランス各地から彼のもとに殺到した。大勢の「ユニフォームを洗濯し、アイロンをかけ、たたむ人」たちからの「私たちの声を代弁してくれてありがとう」というメッセージや、ユニフォームを着た子どもたちが写ったサッカークラブの写真、そして保守の議員からの支援メッセージもあった。「リュファンへの罰を撤廃せよ」というネット署名も、たちまち6万5000を超えた。子どもの頃からスッカー好きで地元のクラブに親しんできたリュファンの言葉は、大衆の心に響いたのである。


 リュファンが着た地元クラブのユニフォームは、彼の若い友人アントワーヌ・デュミニのものだった。デュミニは、リュファンが創始したオルタナテイヴ新聞ファキールで主に経済を担当していた記者(経済の教師)で、2014年にリュファンと共著で『彼らはどのように僕たちからサッカーを奪ったか』(ファキール出版)という本を発刊したサッカーファンでもあったが、同年8月、26歳の若さで亡くなった。デュミニにこのユニフォームを贈呈したサッカークラブの会長も、2015年に亡くなった。友人たちの思い出がこもったユニフォームを「品位に欠けた突飛な服装」と決めつけた国民議会議長に対して、「自分はこのユニフォームを誇りをもって身につけた」とリュファンは答えた。ちなみに、選挙キャンペーンの際に彼は、人々の政治家不信をとり除こうと、議員に当選したら最低賃金(2018年1月1日現在月収手取り1188ユーロ、約16万円)しか取らないと公約したため、議員報酬の残額(毎月56万円以上)を複数のNPOに寄付している。今回の減給を知って4000ユーロ以上の寄付が集まったが、それも同様にNPOに寄付される。


「服従しないフランスFI」院内会派は、リュファンの「服装」に対する罰は根拠がなく、反対派に対する政治的な制裁だと記者会見で抗議した。リュファンは罰の決定前に議長にあてて書いた手紙の中で、この「服装事件」の核心を指摘している。それによると、マクロン政権では大統領と政府が立法の権利を独占的に掌握したため、国民議会は立法機関としての機能を果たしていない。つまり国民議会は権力を失い、権力の衣を着ているだけの存在になった。だからこそ、「衣装」についてヒステリックな反応をするのだーーフランスの国民議会はシャンデリアなど装飾豊かな建造物で、厳かな衣装の守衛がいて、フランス共和国親衛隊に守られている。しかし今、国民議会に残されたのはその「見かけ」だけなのだ。見かけを救うのではなく、議会の権力をとり戻し、真の権力分立のために闘うことこそ議長の務めではないか、とリュファンは提案する。


 1999年から地元アミアンで独立紙「ファキール」を発刊するジャーナリストのフランソワ・リュファンは、国営ラジオ局フランス・アンテールのルポ番組でも数年働いた。2016の春、贅沢産業グループLVMHをコミカルに告発した映画『メルシー・パトロン!』(LVMH傘下企業に解雇された元労働者たちを描いたもの)の監督として有名になり、2017年2月にこの作品はセザール大賞で最優秀ドキュメンタリー映画賞を受けた。ファキール紙は主要メディアがとりあげないテーマ、とりわけグローバル金融資本主義の犠牲になった労働者や、大手製薬企業の内情についてのルポなどを掲載する「闘う」メディアであり、リュファンはジャーナリストとして現場を歩いて調査・分析することで、政治意識を培ってきた。


 議員になってからも彼は、さまざまな現場に赴いて調査をつづけている(たとえば、看護助手たちがスト中の介護つき老人ホームの訪問、コラム44参照)。議員だと、フリーのジャーナリストよりずっと容易に機関を視察したり、責任者・当事者に会ったりすることが可能になる。リュファンは8月にアミアンの精神病院を視察した後、医師や経営陣、国の機関、病院で働く人々や患者の家族の調査を行い、予算不足による危機的な状況を確認した。そして去る12月、FIだけでなく保守を含む超党(与党「共和国前進」以外)25人の議員の連名で、精神病院の予算増加を定める法案を議会に提出した(討議は2月に予定)。

 議員になって、小さな新聞のときより声が大勢に届くようになった、とリュファンは言う。ユニフォーム事件の数百万回のビデオ視聴や数多くのメッセージが、それを示している。彼はまた、大勢の市民(大衆)を代弁する議員でありたいと願っている。リュファンが当選したソンム県は工場閉鎖などがつづき、多くの人が政治不信に陥り、極右政党国民戦線の支持が増えた地区も多かった。リュファンは人々の日常の中に赴き、対話をつづけることによって、一部の人々の政治への関心や希望をとり戻し始めたようだ。この人が議員になって本当によかった、とつくづく感じる人物のひとりである。


2017年12月30日 飛幡祐規(たかはたゆうき)


 http://www.labornetjp.org/news/2017/1231pari